二十一世紀の平家物語(其の九・「新院崩御」から「入道死去」まで)
新院崩御
治承5年(1181年)、東国の戦乱や東大寺と興福寺の火災によって、暗い年明けとなる。高倉上皇は心労が続き六波羅の池殿で崩御なさる。
廻文
源木曽冠者義仲は、父・源義賢の死後、信濃国へ落ち延び剛勇の武者として成長していた。お守り役である木曽中三兼遠と共に旗揚げの機会を窺い、書状を巡らし謀反の仲間を集めるのであった。
飛脚到来
義仲の挙兵の報が都に届き、平家の人々は騒ぎ出す。東国に続き北国も謀反を起こしたからだ。さらに九州や四国からも謀反の動きが報じられる。
入道死去
公卿殿上人は平宗盛を大将軍として東国や北国の謀反人たちの討伐を企てる。しかし、宗盛の父である入道相国・平清盛が病気のため、出兵は取りやめとなる。清盛は熱病に苦しみ、ついに六十四年の生涯を閉じた。
「紅葉」から「小督」まで、「築島」から「横田河原合戦」までは未収録です。